東洋民権百家伝(東洋義人百家伝)

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『東洋民権百家伝』は、小室信介が明治16年(1883)から翌年にかけて刊行した著作物で、民衆のために一命を賭した人々の埋もれた事績を掘り起こし、自由民権運動に資することを目的としたものです。

『東洋民権百家伝』のあらまし

『東洋民権百家伝』は、自由民権運動家である小室信介が、明治16年(1883)から翌年の明治17年(1884)にかけて刊行した著作物で、初帙しょちつ(上・中・下)から第三帙(上・中・下)まであります。ただし、明治15年(1882)には会津三方道路建設を強行する福島県令・三島通庸と県会議長・河野広中ら自由党員が対立して流血の惨事となった「福島事件」が起こったほか、明治16年には新聞発行に当たり高額の保証金納付を義務付けるとともに、治安妨害・風俗壊乱に対して府知事・県令の発行停止権を認める「改正新聞紙条例」が布告されるなど、自由民権運動に対する弾圧が厳しくなっていた時期であり、明治17年の第二帙以降からは題名が『東洋義人百家伝』に改められました。

本書の緒言、例言その他によれば、明治11年(1878)から刊行された、西洋(古代ローマやイギリス)の人物伝を翻訳した萩原乙彦演義の『通俗民権百家伝』に対抗し、特に「東洋」の題名を冠したもので、徳川時代において「世の為め国の為め人の為めことわりの為めに、名誉をも利益をも財産をも子孫をも顧みず、わが一命を塵よりも軽んじて盤石よりも重かるべき圧制にたゆまず折れず、終に志を達せし仁人義士今のいはゆる民権家てふもの」に焦点を当てています。

佐倉宗五郎をはじめとして、歴史の中に埋没してしまったこうした人々の事績を掘り起こし、「世の自由をすゝめ、民権を張ることにおいて、大に補ひ益す」ことが本書の主たる目的ですが、当時、その内容は大衆文芸である講談にも採り入れられるなどして話題を呼びました。

その後の研究により、一部事実関係の誤りや混同、著者自身の思想の変化などが指摘されてはいるものの、百姓一揆や義民に関して詳述した、我が国ではじめての著作物としての意義はいまだ大きいといえます。

小室信介(こむろしんすけ) 嘉永5年(1852)、丹後国宮津藩(今の京都府宮津市)の砲術家・小笠原長縄の次男(小笠原長道)として生まれ、後に元官吏・実業家である小室信夫しのぶの婿養子となる。明治8年(1875)、有志とともに「天橋義塾」を開学、明治12年(1879)には大阪日報社長に就任し、言論を通じて自由民権運動に参画した。甲申事変に際し外務省准奏任御用掛として井上馨外務卿に随行して渡韓、帰国後の明治18年(1885)に34歳で病死。著書に百姓一揆・義民を扱った『東洋民権百家伝』、女権伸長の意図を含む政治小説『自由艶舌女文章』などがある。

『東洋民権百家伝』と『義民のあしあと』との対照表

このウェブサイト及び拙著『義民のあしあと』は、義民の供養碑や顕彰碑などの「場所」を基準に構成されているため、同じ出来事を採り上げてはいても、『東洋民権百家伝』の項目名との関連性が想起しにくい場合があります。
そこで、『東洋民権百家伝』の内容の紹介を兼ねて、以下のとおり対照表を作成しましたのでご活用ください。

東洋民権百家伝 義民のあしあと
巻号 項目名 サイト内の言及ページ 紙書籍・電子書籍の項目名(巻・ページ)
初帙之上 戸谷新右衛門伝 戸谷新右衛門の墓地高野枡一揆戸谷新右衛門 30戸谷新右衛門の墓地(西日本編、76ページ)
涌井荘五郎伝、須藤佐次兵衛伝、五賀野右衛門伝 明和義人顕彰之碑新潟明和騒動涌井藤四郎、須藤佐次兵衛 2明和義人顕彰之碑(中日本編、11ページ)
初帙之中 文珠九助伝、丸屋九兵衛伝、麹屋伝兵衛伝 伏見義民事蹟伏見騒動文珠九助、丸屋九兵衛、麹屋伝兵衛 3伏見義民事蹟(西日本編、13ページ)
水島甲庵伝
初帙之下 井戸平左衛門伝 井戸平左衛門の墓
白須賀駅平八伝
【注】遠江国白須賀宿の人。冤罪で追放となった主人のため資金援助や幕閣への直訴を行う。新井白石「記義奴平八事」に記事あり。
杉本左近伝
【注】石徹白騒動関連
附郡上義民某等寃死の事 宝暦義民碑郡上一揆三原定次郎 42宝暦義民碑(中日本編、98ページ)
溝口元右衛門伝、中山役四郎伝、深江村弥右衛門伝、貝賀治部助伝
【注】上州絹一揆関連
第二帙之上 松木荘左衛門長操伝 松木神社小浜藩領承応元年一揆松木庄左衛門 24松木神社(中日本編、56ページ)
第二帙中 高原村常左衛門伝、高原村山口吉左衛門伝、高原村山口市左衛門伝、高原村百姓長兵衛伝、高原村百姓京右衛門伝 五社神社藍玉一揆、後藤常右衛門、山口吉右衛門、山口市左衛門、宮崎長兵衛、後藤京右衛門 48五社神社(西日本編、118ページ)
西口与左衛門伝、中村新左衛門伝、靱六兵衛伝、皆川左五兵衛伝
【注】近江国膳所藩領天明元年一揆関連
第二帙下 岡村十兵衛伝
【注】土佐藩分一役。飢饉に際し百姓救済のため無断で米蔵を開き切腹。
生野町小左衛門伝、生野町勘十郎伝、野間村小兵衛伝、殿村左兵衛伝、野間村久左衛門伝、久田和村六郎兵衛伝、殿村儀右衛門伝 心諒尼公園生野一揆小山弥兵衛 24心諒尼公園(西日本編、62ページ)
第三帙上 高梨利右衛門伝 大酬恩碑信夫目安事件高梨利右衛門 10大酬恩碑(東日本編、28ページ)
第三帙中 宮村才蔵伝 天明志士紀念碑縄騒動中筋才蔵 15天明志士紀念碑(西日本編、43ページ)
石井伊左衛門伝、神長市兵衛伝、須鎌作次郎伝
【注】七色掛物反対越訴関連
中神谷村武左衛門伝、中平久保村与総治伝、上小川村与八伝、好間村理四郎伝、柴原村長兵衛伝 首切り地蔵磐城平藩元文一揆、佐藤武左衛門、吉田長次兵衛 15首切り地蔵(東日本編、38ページ)
第三帙下 小池村吉兵衛伝、小池村勇七伝、桂村兵右衛門伝 牛久助郷一揆道標牛久助郷一揆小池村勇七 牛久助郷一揆道標(東日本編、56ページ)
佐渡善兵衛伝 中川善兵衛の墓佐渡一国一揆中川善兵衛 10中川善兵衛の墓(東日本編、28ページ)
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