和田佐助

和田佐助わだの さすけ
【別名】佐野村佐助

江戸時代前期の越中国砺波郡和田村(今の富山県高岡市)肝煎。もともと北陸街道沿いに新たに町立てされた場所だったが、重税で逃散が相次いだことから、隠田開発で農民の困窮を救おうとして藩に露見し、万治3年(1660)に磔刑に処されたという。地元では佐助大明神として祀る風習がある。

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