三重

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義民の史跡

伊曽島神社(福豊十六人衆と豊松新田・福井新田越訴)

木曽三川の河口に当たる豊松新田・福井新田(今の三重県桑名市)はたびたび洪水の被害に悩まされており、享保10年(1725)に儀左衛門らあわせて16人の「福豊十六人衆」が幕府老中に直訴した結果、享保13年(1728)に堤防・新田の再築が図られま...
義民の史跡

平方神明社(平方村新左衛門と新左衛門公事)

延宝3年(1675)、長島藩領の伊勢国桑名郡平方村(今の三重県桑名市)百姓・新左衛門らは、検見舂法の免除を幕府評定所に越訴し、吟味の末獄門となりました。彼らは郷土の義民として平方神明社に祀られています。
義民の史跡

義民喜八の碑(辺法寺村喜八と亀山騒動)

明和5年(1768)、伊勢国(今の三重県)亀山藩領の百姓5千人以上が藩の年貢増徴に反対する一揆を起こし、代官罷免などを認めさせました。この一揆は「亀山騒動」と呼ばれますが、頭取の辺法寺村(今の亀山市)喜八らが斬罪となったため、地元には彼を義...
義民の史跡

寛政一揆顕彰碑(町井友之丞と安濃津地割騒動)

津藩では郡奉行・茨木理兵衛の下で財政改革が進められていましたが、その一つの均田制により田畑を奪われることを恐れた伊勢国一志郡(今の三重県津市ほか)の農民たちが寛政8年(1796)暮れに蜂起し、その波は安濃郡・奄芸郡にまで広がり、藩政史上最大...