義民の史跡 栗村吉次郎の墓(綾部藩領栗村吉次郎の強訴) 元文元年(1736)、前年に大規模な百姓一揆が起きていた綾部藩領では、丹波国何鹿郡栗村(今の京都府綾部市)の高橋吉次郎が強訴の罪をもって打首となりました。吉次郎が葬られた本福寺では、供養のために吉次郎の名を刻む梵鐘が鋳造されたほか、別に首塚... 2024.12.30 義民の史跡
義民の史跡 若宮神社(和泉新三郎と有馬検地) 慶長6年(1601)、福知山城主・有馬豊氏が領内で過酷な検地を実施したため、丹波国天田郡厚村(今の京都府福知山市)では、未進年貢を厳しく取り立てた役人を和泉新三郎が殺害する事件が起きたと伝わっています。その後、新三郎の墓が村人に祟りをなすた... 2024.06.05 義民の史跡
義民の史跡 梅ぼし半十郎観音(松岡半十郎と市川騒動) 万延元年(1860)、福知山藩の専売制強化に憤る義賊・松岡半十郎が産物会所を襲い、直後に大規模な百姓一揆が勃発しました。この一揆は年貢増徴や専売制強化により藩財政の改革を進めていた責任者・市川儀右衛門の名から「市川騒動」と呼ばれます。最終的... 2023.06.21 義民の史跡
義民の史跡 伏見義民小林勘次碑(小林勘次と伏見町越訴) 元和4年(1618)、淀川の船銭が値上げされ、伏見の商人や旅人が難儀するのを見た山城国伏見町(今の京都府京都市)の薪炭商・小林勘次は、江戸に出向いて幕府に直訴し、船銭を従来通りとする朱印状を獲得しますが、帰京の途中で暗殺されてしまいました。... 2023.06.20 義民の史跡
義民の史跡 伏見義民事蹟(文殊九助と天明伏見騒動) 天明5年(1785)、山城国伏見町(今の京都府京都市)の元町年寄・文殊久助ら7人は、伏見奉行・小堀政方による御用金賦課などの悪政を寺社奉行に直訴しました。小堀正方は罷免され、目的は果たされるものの、7人は取調べの最中に獄死又は病死しました。... 2023.06.18 義民の史跡
義民の史跡 平地地蔵(吉田新兵衛と宮津藩文政一揆) 文政5年(1822)、宮津藩では年貢先納や新税賦課に反発した数万人規模の百姓による「宮津藩文政一揆」が勃発し、大庄屋の屋敷などを打ちこわしながら宮津城下に押し寄せました。家老・栗原理右衛門の名代として派遣された子の百助らが慰撫して一揆はよう... 2023.06.02 義民の史跡
義民の史跡 本田又左衛門・石坪万右衛門紀功碑(本田又左衛門と享保の強訴) 享保19年(1734)、凶作下で年貢増徴を行った福知山藩では、城下に多数の百姓が詰め掛ける「享保の強訴」が発生しました。このとき藩は百姓の要求を認め、穏便な解決が図られましたが、10年後、唐突に取調べがはじまり、頭取のうち既に病死していた丹... 2023.05.06 義民の史跡
義民の史跡 光国稲荷(赤松源右衛門と享保一揆) 享保18年(1733)、丹後国(京都府)田辺城下で年貢率引下げや夫食米貸与を要求する「享保一揆」が起こり、藩は役人を罷免するとともに百姓側の要求を認めました。後になって二箇村年寄・赤松源右衛門が捕らえられて獄門に処せられたため、村人たちは源... 2023.04.25 義民の史跡
義民の史跡 らん塔碑(片岡治兵衛と桶伏せの伝承) 慶安元年(1648)、丹波国報恩寺村(今の京都府福知山市)で猪による農作物の被害があり、庄屋・片岡治兵衛が年貢減免を求めたところ、福知山藩主・稲葉紀通の不興を買い、残忍な桶伏せの刑に処せられました。現地には治兵衛一家の法名を刻む墓碑が残され... 2023.04.22 義民の史跡