義民の史跡 大塩平八郎の墓(大塩平八郎の乱) 天保8年(1837)、「天保の飢饉」に対する幕府の無策と私欲に走る豪商らに憤慨し、元大坂町奉行与力で陽明学者の大塩平八郎が門人らとともに大坂市中で反乱を起こしました。この「大塩平八郎の乱」は1日で鎮圧... 2023.05.31 義民の史跡
義民の史跡 北郷開樋殉難者之碑(鳴尾の義民と天正北郷樋事件) 天正19年(1591)、干魃に悩む摂津国武庫郡鳴尾村(今の兵庫県西宮市)は枝川上流の瓦林村(同市)から無断引水し、両村百姓の乱闘事件に発展しました。結果として鳴尾村の取水権は認められたものの、豊臣政権... 2023.05.30 義民の史跡
義民の史跡 柿の木地蔵(中尾重兵衛と篠山藩越訴) 元和7年(1621)、篠山藩は不作につき柿などの生木物(なりきもの)の上納を領内に命じました。飢えに苦しむ百姓を見かねた丹波国多紀郡二ノ坪村(今の兵庫県丹波篠山市)の中尾重兵衛らが京都所司代に越訴し、... 2023.05.29 義民の史跡
義民の史跡 岐尼神社(山田屋大助と能勢騒動) 天保8年(1837)、「大塩平八郎の乱」に触発された山田屋大助らは、「徳政」を求めて摂津国能勢郡(今の大阪府)で決起、「徳政大塩味方」の幟を掲げ打ちこわしを行いますが、追手に包囲されたために全員が討死... 2023.05.28 義民の史跡
義民の史跡 首切り地蔵(上月平左衛門と新野村越訴) 宝永5年(1708)、播磨国神西郡新野村(今の兵庫県神崎郡神河町)の大庄屋・上月平左衛門は、重税に苦しむ農民のため幕府に越訴しようとしますが、途中の根宇野村(今の神河町)で役人に追いつかれ斬殺されてし... 2023.05.10 義民の史跡
義民の史跡 孝子庄右衛門誕生地碑(山口与十郎と芝村騒動) 宝暦3年(1753)、大和国(奈良県)十市郡の芝村藩預地では百姓が高率の年貢に苦しみ、減免を求めて京都町奉行に越訴に及びました。結果として村々の負担は減少したものの、多数の百姓が牢死したほか、常盤村庄... 2023.05.09 義民の史跡
義民の史跡 本田又左衛門・石坪万右衛門紀功碑(本田又左衛門と享保の強訴) 享保19年(1734)、凶作下で年貢増徴を行った福知山藩では、城下に多数の百姓が詰め掛ける「享保の強訴」が発生しました。このとき藩は百姓の要求を認め、穏便な解決が図られましたが、10年後、唐突に取調べ... 2023.05.06 義民の史跡
義民の史跡 朝来村三兵衛墓(三兵衛の義民伝承) 江戸時代、紀州藩田辺領内では郡奉行と代官による毛見が重複して行われており、接待に当たる百姓の煩いの種となっていました。紀伊国朝来村(今の和歌山県上富田町)の三兵衛は、郡奉行の毛見は無益と主張し、簀巻き... 2023.04.27 義民の史跡
義民の史跡 迎え地蔵尊(井上吉右衛門と郷中騒動) 明和6年(1769)、不作に見舞われた河内国(大阪府)丹南藩領では、多数の百姓が屯集して寄合を開くなど不穏となり、村役人の中にも年貢納入を拒否する者が現れました。この「郷中騒動」では多数の庄屋らが牢死... 2023.04.26 義民の史跡
義民の史跡 光国稲荷(赤松源右衛門と享保一揆) 享保18年(1733)、丹後国(京都府)田辺城下で年貢率引下げや夫食米貸与を要求する「享保一揆」が起こり、藩は役人を罷免するとともに百姓側の要求を認めました。後になって二箇村年寄・赤松源右衛門が捕らえ... 2023.04.25 義民の史跡
義民の史跡 恩徳碑(内田馬之丞と打田村越訴) 江戸時代前期、紀伊国打田村(今の和歌山県紀の川市)では検地役人の怨恨から重税が課せられるようになったため、慶安2年(1649)、神官・内田馬之丞が和歌山藩主・徳川頼宣に直訴し、年貢は元に戻されました。... 2023.04.23 義民の史跡
義民の史跡 らん塔碑(片岡治兵衛と桶伏せの伝承) 慶安元年(1648)、丹波国報恩寺村(今の京都府福知山市)で猪による農作物の被害があり、庄屋・片岡治兵衛が年貢減免を求めたところ、福知山藩主・稲葉紀通の不興を買い、残忍な桶伏せの刑に処せられました。現... 2023.04.22 義民の史跡