義民の史跡 伏見義民小林勘次碑(小林勘次と伏見町越訴) 元和4年(1618)、淀川の船銭が値上げされ、伏見の商人や旅人が難儀するのを見た山城国伏見町(今の京都府京都市)の薪炭商・小林勘次は、江戸に出向いて幕府に直訴し、船銭を従来通りとする朱印状を獲得します... 2023.06.20 義民の史跡
義民の史跡 大石義民の碑(庄屋彦治と富川村越訴) 慶長18年(1613)、膳所藩の重税に悩む近江国粟太郡富川村(今の滋賀県大津市)庄屋・彦治と弟の源吾は、鈴鹿峠を通る幕府巡検使に直訴し、重税は免除されたものの、兄弟ともに磔刑に処せられました。大正8年... 2023.06.19 義民の史跡
義民の史跡 伏見義民事蹟(文殊九助と天明伏見騒動) 天明5年(1785)、山城国伏見町(今の京都府京都市)の元町年寄・文殊久助ら7人は、伏見奉行・小堀政方による御用金賦課などの悪政を寺社奉行に直訴しました。小堀正方は罷免され、目的は果たされるものの、7... 2023.06.18 義民の史跡
義民の史跡 保民祠(土川平兵衛と近江天保一揆) 天保13年(1842)、幕府による検地の不正に憤慨した近江国甲賀・野洲・栗太3郡の百姓4万人が蜂起する「近江天保一揆」が勃発します。本陣を取り囲まれた見分役人は三上山の洞窟に逃亡し、一揆勢は検地の「十... 2023.06.17 義民の史跡
義民の史跡 置塩神社(滑甚兵衛と播磨寛延一揆) 凶作や御用金賦課により百姓の負担が増大した播磨国(今の兵庫県)姫路藩領では、寛延元年(1748)から翌年にかけて1万人規模の全藩一揆が発生し、鎮圧後に飾西郡古知之庄村滑(今の姫路市)の甚兵衛が磔となる... 2023.06.16 義民の史跡
義民の史跡 平尾代官所跡(西谷村又兵衛と竜門騒動) 大和国吉野郡龍門郷(今の奈良県吉野郡吉野町・宇陀市)15か村は旗本・中坊広風の知行所でしたが、出役(代官)の浜島清兵衛が増税を強行しようとしたため、文政元年(1818)、西谷村又兵衛ら6百人が平尾代官... 2023.06.15 義民の史跡
義民の史跡 戸谷新右衛門の墓地(戸谷新右衛門と高野枡一揆) 享保5年(1720)、紀伊国伊都郡(今の和歌山県)高野山領の年貢の不正徴収に関連して、島野村庄屋・戸谷新右衛門が幕府に越訴し是正されたものの、帰郷後に石子詰で処刑されたという伝説があります。現地には新... 2023.06.14 義民の史跡
義民の史跡 心諒尼公園(小山弥兵衛と生野一揆) 元文3年(1738)、凶作が続く但馬国(今の兵庫県)生野代官所支配の村々では、年貢減免や夫食拝借を求めて約3千人が代官所に強訴し、要求は認められるものの、その後は死罪6人を含め多くの百姓が処罰を受けま... 2023.06.06 義民の史跡
義民の史跡 夏梅太郎右衛門顕彰碑(夏梅太郎右衛門と熊野部村訴願) 播磨国多可郡熊野部村(今の兵庫県多可郡多可町)の庄屋・夏梅太郎右衛門は、生野代官に対して何度も減租を嘆願し、ついに明和元年(1764)6月25日、村内サイノ木において火刑に処せられたと伝えられます。明... 2023.06.05 義民の史跡
義民の史跡 義民碑と宝蔵(岡村源兵衛と延宝訴訟) 江戸幕府の「延宝検地」により豊臣秀吉以来の地子免除の特権を取り消されそうになった播磨国三木町(今の兵庫県三木市)では、平田町大庄屋・岡村源兵衛と平山町年寄・大西与三右衛門を惣代に選び、江戸へ出訴するこ... 2023.06.04 義民の史跡
義民の史跡 天明志士紀念碑(中筋才蔵と縄騒動) 天明2年(1782)、淡路国(今の兵庫県)では縄供出や木綿の専売強化を巡って多くの農民が大庄屋の屋敷に押し掛け、負担軽減を強訴しました。徳島藩の本藩からも役人が出張して取調べがあり、新法は廃止されたも... 2023.06.03 義民の史跡
義民の史跡 平地地蔵(吉田新兵衛と宮津藩文政一揆) 文政5年(1822)、宮津藩では年貢先納や新税賦課に反発した数万人規模の百姓による「宮津藩文政一揆」が勃発し、大庄屋の屋敷などを打ちこわしながら宮津城下に押し寄せました。家老・栗原理右衛門の名代として... 2023.06.02 義民の史跡