兵庫

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義民の史跡

天明志士紀念碑(中筋才蔵と縄騒動)

天明2年(1782)、淡路国(今の兵庫県)では縄供出や木綿の専売強化を巡って多くの農民が大庄屋の屋敷に押し掛け、負担軽減を強訴しました。徳島藩の本藩からも役人が出張して取調べがあり、新法は廃止されたも...
義民の史跡

北郷開樋殉難者之碑(鳴尾の義民と天正北郷樋事件)

天正19年(1591)、干魃に悩む摂津国武庫郡鳴尾村(今の兵庫県西宮市)は枝川上流の瓦林村(同市)から無断引水し、両村百姓の乱闘事件に発展しました。結果として鳴尾村の取水権は認められたものの、豊臣政権...
義民の史跡

柿の木地蔵(中尾重兵衛と篠山藩越訴)

元和7年(1621)、篠山藩は不作につき柿などの生木物(なりきもの)の上納を領内に命じました。飢えに苦しむ百姓を見かねた丹波国多紀郡二ノ坪村(今の兵庫県丹波篠山市)の中尾重兵衛らが京都所司代に越訴し、...
義民の史跡

首切り地蔵(上月平左衛門と新野村越訴)

宝永5年(1708)、播磨国神西郡新野村(今の兵庫県神崎郡神河町)の大庄屋・上月平左衛門は、重税に苦しむ農民のため幕府に越訴しようとしますが、途中の根宇野村(今の神河町)で役人に追いつかれ斬殺されてし...
義民の史跡

朝来義民之碑(松岡新右衛門と享保一揆)

不作に悩む但馬国楽音寺村(今の兵庫県朝来市)では、享保9年(1724)に庄屋・松岡新右衛門が年貢減免を求めて生野代官に嘆願するものの受け入れられず、江戸に上って越訴を繰り返しました。新右衛門は八丈島に...
義民の史跡

義民牛右衛門の碑(正吉村牛右衛門と平福領一揆)

元文4年(1739)、播磨国(兵庫県)の旗本・松井氏領において、折からの不作で困窮した百姓多数が乞食姿で平福宿に押し掛け、往来を妨害したり、酒食を強要する騒ぎが起こりました。この騒動では「張本人」とし...
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