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義民の史跡

共有山林顕彰碑(音羽喜助と鉄火裁判)

江戸時代初期の元和5年(1619)、近江国(今の滋賀県)の日野山をめぐる山論を解決するため、馬見岡綿向うまみおかわたむき神社の境内で、熱した鉄の斧を手で握って神前に戻すことができた方を勝訴とする「火起...
先賢・循吏の史跡

一木神社(一木権兵衛と室津港改修)

土佐国土佐郡布師田ぬのしだ村(今の高知県高知市)の一木権兵衛は、土佐藩の野中兼山に認められて普請奉行となり、室津港の改修を指揮しました。工事の支障となる港口の岩礁に悩まされた権兵衛は、海神に牲いけにえ...
義民の史跡

義民宗次郎の碑(畝傍村宗次郎と旗本神保氏領強訴)

明和5年(1768)、大和国(今の奈良県)では凶作をきっかけに旗本・神保氏領内の9か村、千人あまりの百姓が池尻陣屋へ強訴に及び、不納銀の取立て免除などの要求を代官に認めさせました。その後の厳しい吟味に...
義民の史跡

平吉霊神(安住寺村平吉と村方騒動)

江戸時代中期、淡路国三原郡安住寺村(今の兵庫県南あわじ市)の平吉は、年貢米の取立てを巡る庄屋の不正を藩に直訴し、百姓の負担は軽くなったものの、自身は入牢の末に牢死したとも、死罪になったともいわれます。...
義民の史跡

五社霊神(渡部権太夫と徳能村箱訴事件)

伊予国桑村郡徳能村(今の愛媛県西条市)の庄屋・渡部権太夫は、西国巡礼を装って江戸に上り、目安箱に訴状を投じて松山藩の苛政を改めさせたと伝えられます。貞享3年(1686)、藩政を誹謗した罪により権太夫の...
書誌その他

自由研究で「義民(ぎみん)」について調べよう

夏休みの宿題のひとつとして、社会科の自由研究がある学校も少なくありません。でも、自由研究のテーマを何にしようか考えても、なかなか見つからなくて、なやんでしまうことはないでしょうか。そんなときには、小学...
義民の史跡

若杉霊神(若杉春后と諫早騒動)

寛延3年(1750)、佐賀藩の御家騒動に端を発し、諫早領1万石の減知反対を求める「諫早騒動」が起こります。この一揆には武士・町民・農民までが参加し、1万人以上が佐嘉城下へ強訴しようとしたほか、大坂町奉...
義民の史跡

義民地蔵(笠岡村久兵衛と種麦事件)

明和7年(1770)、備中国小田郡笠岡村(今の岡山県笠岡市)では、前年夏の旱魃で困窮したことを理由に、小作人一同で地主のもとに押しかけ、種麦を借り受けようとする騒動が起こりました。事前の寄合で天神山に...
義民の史跡

福田越の七人塚(丸山清右衛門と三次藩全藩一揆)

享保3年(1718)正月、備後国(今の広島県)三次藩では、参加者5千人ともいわれる「三次藩全藩一揆」が起こりました。この一揆では郷代官制度の廃止などの成果が得られたものの、12月になると頭取の処罰がは...
義民の史跡

与七の墓(鳥取藩元文一揆と木料村与七)

江戸時代中期の元文4年(1739)、鳥取藩領の因幡・伯耆両国(今の鳥取県)で大規模な全藩一揆「元文一揆」が勃発しました。伯耆国汗入郡木料村(今の西伯郡名和町)の与七は、富農を襲い借銀を10年賦にするよ...
義民の史跡

貝吹山(土井忠兵衛と千原騒動)

天明2年(1782)、木綿の不作で困窮する和泉国(今の大阪府)一橋領54か村では、年貢の減免や延納を求めて多くの百姓が集会を催し、年貢銀の徴収に当たる下掛屋が打ちこわされました。この「千原騒動」で合図...
義民の史跡

義民小平次之碑(森田小平次と馬場村一揆)

江戸時代、折からの旱害と蝗害により飢饉に陥った和泉国日根郡馬場村(今の大阪府泉南市)では、森田小平次が他の17人とともに郷蔵を破り、村人に米を分け与えたと伝えられます。17人の身代わりとしてひとり処刑...
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