山形

広告
義民の史跡

大酬恩碑(高梨利右衛門と信夫⽬安事件)

寛文6年(1666)、末期養子で領地を半減された米沢藩が預地の出羽国屋代郷(今の山形県東置賜郡高畠町・米沢市)で激しい収奪を行ったため、二井宿村肝煎の高梨利右衛門が「信夫目安」を信夫代官所に提出し、さらに江戸で越訴しようとして処刑されたとい...
義民の史跡

大山騒動義民供養塔(加賀屋弥左衛門と大山騒動)

弘化元年(1844)、出羽国大山地方(今の山形県)を庄内藩預地とする幕命が下り、増税を恐れた幕府領73か村の百姓数千人が一揆を起こしました。この「大山騒動」では造り酒屋の加賀屋弥左衛門らが獄門となったほか、幕府領の庄内藩への引渡しも実行され...
義民の史跡

間沢村三霊供養碑(白岩義民と白岩一揆)

寛永10年(1633)、出羽国村山郡白岩郷(今の山形県寒河江市・西村山郡西川町)の百姓が「白岩目安」をもって旗本・酒井忠重の苛政を幕府に直訴し、後に忠重は改易されて代官支配となりました。寛永15年(1638)、再び一揆が起きるものの、山形藩...