坊沢の五義民(ぼうざわのごぎみん)

出羽国秋田郡坊沢村(秋田県北秋田市)で村入用をめぐって肝煎と対立し、久保田藩に直訴したため在地で斬首となった5人の農民をいう。当時、戦国時代に比内浅利家の家臣だった長崎家が引き続き肝煎を担っており、新田開発などに功績があったものの、その費用が農民に割り当てられたのが騒動の理由となった。


史跡五義民首切塚

2023年5月27日義民の史跡

享保9年(1724)、出羽国秋田郡坊沢村(今の秋田県北秋田市)において、村入用を巡る肝煎と ...