高橋源助

広告
義民の史跡

高橋源助の墓(高橋源助と首賭けの筒)

天和元年(1681)、旱害に苦しむ村人のために越後国(今の新潟県)曽根組割元庄屋・高橋源助が用水路を開削したものの、反対者の妨害に遭い通水せずに打首となりました。人々は墓標代わりに榎の木を植えて首塚としていましたが、昭和に入って改めて石祠が...