静岡

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義民の史跡

芦ノ湖水神社(友野与右衛門の義民伝承)

駿河国駿東郡深良村(今の静岡県裾野市)周辺の村々では水不足が続いていたため、元締・友野与右衛門らの指導のもと、芦ノ湖を水源とした箱根用水開削の大工事が行われ、現在もその水は大地を潤しています。しかし、友野与右衛門らはその後幕府と対立して打首...
義民の史跡

萩原神社(野木久右衛門と御厨一揆)

天明3年(1783)、天候不順による大飢饉に見舞われた駿河国駿東郡萩原村(今の静岡県御殿場市)をはじめとする一帯の村々では、年貢減免を求めて小田原藩への強訴を企て、城下に赴く途中で役人の説得に応じて帰村しました。減免は僅かに認められたものの...
義民の史跡

青嶋八幡宮神社(川口市郎兵衛と磔八幡の伝承)

天和元年(1681)、駿河国富士郡青島村(今の静岡県富士市)名主・川口市郎兵衛は、検地に反対して役人を立ち入らせず、鈴ヶ森で磔刑に処せられたと伝承されています。村では密かに八幡神社に市郎兵衛を合祀したため、「磔八幡」といわれたとのことです。
義民の史跡

藤五郎神社(遠藤藤五郎と三保村越訴)

江戸末期の安政の大地震は農地にも甚大な被害を及ぼしましたが、駿河国有度郡三保村(今の静岡県静岡市清水区)一帯では海岸が隆起して新たな土地を生じたたため、困窮する小前百姓らは三保村の藤五郎(遠藤藤五郎)を代表として、領主である御穂神社神官の太...
義民の史跡

山田源次郎頌徳碑(山田源次郎と西熊野堂村強訴)

文化13年(1816)、駿河国駿東郡西熊堂村(今の静岡県沼津市)の名主・山田源次郎は、重税で困窮する農民たちのため、沼津藩に年貢減免を嘆願するものの聞き入れられず、ついに藩主・水野忠成への強訴に及びました。山田源次郎は首謀者として投獄され、...
義民の史跡

首切り地蔵(増田五郎右衛門と蓑着一揆)

文化13年(1816)、田中藩領の駿河国志太郡細島村(今の静岡県島田市)は風災で不作となり、農民たちが藤枝宿に集まり不穏な状況の中、名主の増田五郎右衛門は藩主への直訴に及びました。藩は年貢減免を認める一方、多数の農民を捕縛して首謀者探しを始...
義民の史跡

井之宮神社(中条右近太夫と嶺田村越訴)

寛永3年(1626)、遠江国城東郡嶺田村(今の静岡県菊川市)の中条右近太夫は、水不足に悩む村人たちのため、密かに土地を測量の上で、灌漑用水の開削を将軍に直訴しました。右近太夫は処刑されるものの、天下普請により「嶺田用水」が完成したことから、...
義民の史跡

清兵衛地蔵(石上清兵衛と高柳村訴願)

元禄5年(1692)、駿河国志太郡高柳村(今の静岡県藤枝市)の庄屋・石上清兵衛は、数年来の不作を理由として、田中藩の代官に年貢減免を訴願しました。代官に首と引換えにと脅された清兵衛は動じることなく、元禄5年(1692)3月4日に茶屋河原で打...