義民の史跡 杢右衛門の供養塔(因尾村杢右衛門と文化一揆) 文化9年(1812)、重税に苦しむ豊後国海部郡因尾(いんび)村(今の大分県佐伯市)ほかの百姓4千人が、「願望拾ヶ条」を掲げ強訴に及ぶ「文化一揆」が勃発します。佐伯藩では家老・戸倉織部らを出張させて百姓側と交渉し、願いの趣旨を認めましたが、そ... 2023.05.17 義民の史跡
義民の史跡 馬原供養塔(穴井六郎右衛門と馬原騒動) 延享3年(1746)、豊後国日田郡馬原(まばる)村(今の大分県日田市)庄屋・穴井六郎右衛門ら3人は、幕府日田代官・岡田庄太夫俊惟(としただ)の苛政に対抗し、年貢減免と夫食米借用を求めて江戸で越訴に及びました。いったん帰国した一同は代官に捕ら... 2023.05.16 義民の史跡
義民の史跡 赤尾丹治翁顕徳碑(赤尾丹治と文化一揆) 岡藩から起こった「文化大一揆」の影響を受け、文化9年(1812)、豊前国(大分県)でも井堰工事に係る加免や新税賦課に反対する百姓が蜂起し、庄屋宅などを打ちこわしました。この一揆の首謀者として下赤尾村丹治らが処刑され、近代以降、墓碑や顕彰碑が... 2023.05.01 義民の史跡
義民の史跡 板屋原神社(佐土原基右衛門の切腹死事件) 江戸時代の天保年間、豊後国(今の大分県)黍野組の大庄屋・佐土原基右衛門は、飢饉を理由に臼杵藩の代官に年貢減免を訴願するものの認められませんでした。さらに藩では黍野組の組替えも強行しようとしたことから、無念に思った佐土原基右衛門は、天保11年... 2023.04.16 義民の史跡