奈良

広告
義民の史跡

平井庄屋太兵衛碑(平井村太兵衛と松山藩越訴)

寛文8年(1668)、宇陀松山藩では用人頭による政策のために百姓が難渋し、大和国宇陀郡平井村(今の奈良県宇陀市)庄屋・太兵衛らが江戸に出向いて藩主・織田長頼に直訴に及びました。しかし、藩主は殿中で恥辱を与えたとして立腹し、連座を含めて5人が...
義民の史跡

平尾代官所跡(西谷村又兵衛と竜門騒動)

大和国吉野郡龍門郷(今の奈良県吉野郡吉野町・宇陀市)15か村は旗本・中坊広風の知行所でしたが、出役(代官)の浜島清兵衛が増税を強行しようとしたため、文政元年(1818)、西谷村又兵衛ら6百人が平尾代官所に押しかけて代官を殺害し、平尾村大庄屋...
義民の史跡

孝子庄右衛門誕生地碑(山口与十郎と芝村騒動)

宝暦3年(1753)、大和国(奈良県)十市郡の芝村藩預地では百姓が高率の年貢に苦しみ、減免を求めて京都町奉行に越訴に及びました。結果として村々の負担は減少したものの、多数の百姓が牢死したほか、常盤村庄屋・彦市が死罪、八条村庄屋・与十郎らが遠...