義民の史跡 共有山林顕彰碑(音羽喜助と鉄火裁判) 江戸時代初期の元和5年(1619)、近江国(今の滋賀県)の日野山をめぐる山論を解決するため、馬見岡綿向うまみおかわたむき神社の境内で、熱した鉄の斧を手で握って神前に戻すことができた方を勝訴とする「火起... 2025.08.27 義民の史跡
義民の史跡 義民宗次郎の碑(畝傍村宗次郎と旗本神保氏領強訴) 明和5年(1768)、大和国(今の奈良県)では凶作をきっかけに旗本・神保氏領内の9か村、千人あまりの百姓が池尻陣屋へ強訴に及び、不納銀の取立て免除などの要求を代官に認めさせました。その後の厳しい吟味に... 2025.08.08 義民の史跡
義民の史跡 平吉霊神(安住寺村平吉と村方騒動) 江戸時代中期、淡路国三原郡安住寺村(今の兵庫県南あわじ市)の平吉は、年貢米の取立てを巡る庄屋の不正を藩に直訴し、百姓の負担は軽くなったものの、自身は入牢の末に牢死したとも、死罪になったともいわれます。... 2025.07.26 義民の史跡
義民の史跡 貝吹山(土井忠兵衛と千原騒動) 天明2年(1782)、木綿の不作で困窮する和泉国(今の大阪府)一橋領54か村では、年貢の減免や延納を求めて多くの百姓が集会を催し、年貢銀の徴収に当たる下掛屋が打ちこわされました。この「千原騒動」で合図... 2025.06.17 義民の史跡
義民の史跡 義民小平次之碑(森田小平次と馬場村一揆) 江戸時代、折からの旱害と蝗害により飢饉に陥った和泉国日根郡馬場村(今の大阪府泉南市)では、森田小平次が他の17人とともに郷蔵を破り、村人に米を分け与えたと伝えられます。17人の身代わりとしてひとり処刑... 2025.06.14 義民の史跡
義民の史跡 北山善次郎夫婦の墓(滝村庄屋・善次郎の越訴) 豊岡藩の減封に伴い幕府直轄領となり、年貢負担が増大した但馬国城崎郡(今の兵庫県豊岡市)50か村では、滝村庄屋・善次郎を惣代として、江戸で負担軽減を求める越訴に及びました。善次郎は足かけ4年にわたる入牢... 2025.04.11 義民の史跡
義民の史跡 栗村吉次郎の墓(綾部藩領栗村吉次郎の強訴) 元文元年(1736)、前年に大規模な百姓一揆が起きていた綾部藩領では、丹波国何鹿郡栗村(今の京都府綾部市)の高橋吉次郎が強訴の罪をもって打首となりました。吉次郎が葬られた本福寺では、供養のために吉次郎... 2024.12.30 義民の史跡
義民の史跡 若宮神社(和泉新三郎と有馬検地) 慶長6年(1601)、福知山城主・有馬豊氏が領内で過酷な検地を実施したため、丹波国天田郡厚村(今の京都府福知山市)では、未進年貢を厳しく取り立てた役人を和泉新三郎が殺害する事件が起きたと伝わっています... 2024.06.05 義民の史跡
義民の史跡 義民清兵衛之碑(市原清兵衛の直訴事件) 寛政12年(1800)、丹波国多紀郡市原村(今の兵庫県丹波篠山市)の清兵衛は、篠山藩の出稼ぎ禁止令で杜氏らが困窮していると藩主・青山忠裕に直訴し入牢するものの、禁令は享和2年(1802)年に緩和されま... 2023.06.24 義民の史跡
義民の史跡 白井半左衛門供養塔(白井半左衛門の義民伝承) 享保16年(1731)、丹波国多紀郡福住村(今の兵庫県丹波篠山市)庄屋の白井半左衛門は、私費をもって福住の集落に灌漑・防災用水を開削しましたが、藩に無断の工事であるとして大庄屋に訴えられ、篠山藩により... 2023.06.23 義民の史跡
義民の史跡 平井庄屋太兵衛碑(平井村太兵衛と松山藩越訴) 寛文8年(1668)、宇陀松山藩では用人頭による政策のために百姓が難渋し、大和国宇陀郡平井村(今の奈良県宇陀市)庄屋・太兵衛らが江戸に出向いて藩主・織田長頼に直訴に及びました。しかし、藩主は殿中で恥辱... 2023.06.22 義民の史跡
義民の史跡 梅ぼし半十郎観音(松岡半十郎と市川騒動) 万延元年(1860)、福知山藩の専売制強化に憤る義賊・松岡半十郎が産物会所を襲い、直後に大規模な百姓一揆が勃発しました。この一揆は年貢増徴や専売制強化により藩財政の改革を進めていた責任者・市川儀右衛門... 2023.06.21 義民の史跡