義民の史跡 義民清兵衛之碑(市原清兵衛の直訴事件) 寛政12年(1800)、丹波国多紀郡市原村(今の兵庫県丹波篠山市)の清兵衛は、篠山藩の出稼ぎ禁止令で杜氏らが困窮していると藩主・青山忠裕に直訴し入牢するものの、禁令は享和2年(1802)年に緩和されました。近代には丹波杜氏の救世主として清兵... 2023.06.24 義民の史跡
義民の史跡 白井半左衛門供養塔(白井半左衛門の義民伝承) 享保16年(1731)、丹波国多紀郡福住村(今の兵庫県丹波篠山市)庄屋の白井半左衛門は、私費をもって福住の集落に灌漑・防災用水を開削しましたが、藩に無断の工事であるとして大庄屋に訴えられ、篠山藩により死罪闕所に処せられました。現地には白井半... 2023.06.23 義民の史跡
義民の史跡 置塩神社(滑甚兵衛と播磨寛延一揆) 凶作や御用金賦課により百姓の負担が増大した播磨国(今の兵庫県)姫路藩領では、寛延元年(1748)から翌年にかけて1万人規模の全藩一揆が発生し、鎮圧後に飾西郡古知之庄村滑(今の姫路市)の甚兵衛が磔となるなど、多数の百姓が処罰されました。現地に... 2023.06.16 義民の史跡
義民の史跡 心諒尼公園(小山弥兵衛と生野一揆) 元文3年(1738)、凶作が続く但馬国(今の兵庫県)生野代官所支配の村々では、年貢減免や夫食拝借を求めて約3千人が代官所に強訴し、要求は認められるものの、その後は死罪6人を含め多くの百姓が処罰を受けました。朝来郡東河庄野村(今の兵庫県朝来市... 2023.06.06 義民の史跡
義民の史跡 夏梅太郎右衛門顕彰碑(夏梅太郎右衛門と熊野部村訴願) 播磨国多可郡熊野部村(今の兵庫県多可郡多可町)の庄屋・夏梅太郎右衛門は、生野代官に対して何度も減租を嘆願し、ついに明和元年(1764)6月25日、村内サイノ木において火刑に処せられたと伝えられます。明治時代になって夏梅太郎右衛門は義民として... 2023.06.05 義民の史跡
義民の史跡 義民碑と宝蔵(岡村源兵衛と延宝訴訟) 江戸幕府の「延宝検地」により豊臣秀吉以来の地子免除の特権を取り消されそうになった播磨国三木町(今の兵庫県三木市)では、平田町大庄屋・岡村源兵衛と平山町年寄・大西与三右衛門を惣代に選び、江戸へ出訴することとなりました。延宝6年(1678)には... 2023.06.04 義民の史跡
義民の史跡 天明志士紀念碑(中筋才蔵と縄騒動) 天明2年(1782)、淡路国(今の兵庫県)では縄供出や木綿の専売強化を巡って多くの農民が大庄屋の屋敷に押し掛け、負担軽減を強訴しました。徳島藩の本藩からも役人が出張して取調べがあり、新法は廃止されたものの、一揆の頭取として三原郡広田宮村才蔵... 2023.06.03 義民の史跡
義民の史跡 北郷開樋殉難者之碑(鳴尾の義民と天正北郷樋事件) 天正19年(1591)、干魃に悩む摂津国武庫郡鳴尾村(今の兵庫県西宮市)は枝川上流の瓦林村(同市)から無断引水し、両村百姓の乱闘事件に発展しました。結果として鳴尾村の取水権は認められたものの、豊臣政権の「喧嘩停止令」に違反したとして、この翌... 2023.05.30 義民の史跡
義民の史跡 柿の木地蔵(中尾重兵衛と篠山藩越訴) 元和7年(1621)、篠山藩は不作につき柿などの生木物(なりきもの)の上納を領内に命じました。飢えに苦しむ百姓を見かねた丹波国多紀郡二ノ坪村(今の兵庫県丹波篠山市)の中尾重兵衛らが京都所司代に越訴し、新税は取止めとなったものの、重兵衛を含む... 2023.05.29 義民の史跡
義民の史跡 首切り地蔵(上月平左衛門と新野村越訴) 宝永5年(1708)、播磨国神西郡新野村(今の兵庫県神崎郡神河町)の大庄屋・上月平左衛門は、重税に苦しむ農民のため幕府に越訴しようとしますが、途中の根宇野村(今の神河町)で役人に追いつかれ斬殺されてしまいます。村人たちは平左衛門を憐れみ地蔵... 2023.05.10 義民の史跡
義民の史跡 朝来義民之碑(松岡新右衛門と享保一揆) 不作に悩む但馬国楽音寺村(今の兵庫県朝来市)では、享保9年(1724)に庄屋・松岡新右衛門が年貢減免を求めて生野代官に嘆願するものの受け入れられず、江戸に上って越訴を繰り返しました。新右衛門は八丈島に遠島となり、彼の地で没したため、後に菩提... 2023.04.20 義民の史跡
義民の史跡 義民牛右衛門の碑(正吉村牛右衛門と平福領一揆) 元文4年(1739)、播磨国(兵庫県)の旗本・松井氏領において、折からの不作で困窮した百姓多数が乞食姿で平福宿に押し掛け、往来を妨害したり、酒食を強要する騒ぎが起こりました。この騒動では「張本人」として正吉村百姓の牛右衛門が捕らえられ、死罪... 2023.04.19 義民の史跡