中部地方

広告
義民の史跡

清兵衛地蔵(石上清兵衛と高柳村訴願)

元禄5年(1692)、駿河国志太郡高柳村(今の静岡県藤枝市)の庄屋・石上清兵衛は、数年来の不作を理由として、田中藩の代官に年貢減免を訴願しました。代官に首と引換えにと脅された清兵衛は動じることなく、元禄5年(1692)3月4日に茶屋河原で打...
義民の史跡

平方神明社(平方村新左衛門と新左衛門公事)

延宝3年(1675)、長島藩領の伊勢国桑名郡平方村(今の三重県桑名市)百姓・新左衛門らは、検見舂法の免除を幕府評定所に越訴し、吟味の末獄門となりました。彼らは郷土の義民として平方神明社に祀られています。
義民の史跡

義民喜八の碑(辺法寺村喜八と亀山騒動)

明和5年(1768)、伊勢国(今の三重県)亀山藩領の百姓5千人以上が藩の年貢増徴に反対する一揆を起こし、代官罷免などを認めさせました。この一揆は「亀山騒動」と呼ばれますが、頭取の辺法寺村(今の亀山市)喜八らが斬罪となったため、地元には彼を義...
義民の史跡

寛政一揆顕彰碑(町井友之丞と安濃津地割騒動)

津藩では郡奉行・茨木理兵衛の下で財政改革が進められていましたが、その一つの均田制により田畑を奪われることを恐れた伊勢国一志郡(今の三重県津市ほか)の農民たちが寛政8年(1796)暮れに蜂起し、その波は安濃郡・奄芸郡にまで広がり、藩政史上最大...
義民の史跡

本郷村善九郎の墓(万葉善九郎と大原騒動)

江戸時代の飛騨国(今の岐阜県)には幕府直轄地として高山陣屋が置かれていましたが、飛騨代官(郡代)である大原彦四郎・亀五郎父子の悪政に対しては、明和年間・安永年間・天明年間の3度にわたって一揆が発生しています。このうち検地強化を巡る「安永騒動...