田辺小兵衛 田辺小兵衛(たなべ こへえ) 江戸時代前期の越後国蒲原郡馬堀村(今の新潟県新潟市)名主。旱魃に悩む村のため、全長4kmにわたる馬堀用水を完成させるが、独断で工事を行ったとして打首になったという伝説をもつ。
田辺小兵衛(たなべ こへえ) 江戸時代前期の越後国蒲原郡馬堀村(今の新潟県新潟市)名主。旱魃に悩む村のため、全長4kmにわたる馬堀用水を完成させるが、独断で工事を行ったとして打首になったという伝説をもつ。
義民の史跡 長恩院石塔(田辺小兵衛の義民伝承) 正保2年(1645)、越後国蒲原郡馬堀村(今の新潟県新潟市)庄屋・田辺小兵衛は、干魃に悩む村人のために「馬堀用水路」を開削したものの、幕府役人から独断で工事を行った責任を問われ自殺したといいます。宝暦2年(1752)、村では小兵衛の遺徳を偲... 2023.05.24 義民の史跡