長野

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義民の史跡

折立長老碑(折立長老と遠山騒動)

江戸時代初期、旗本・遠山景直の悪政に苦しむ信濃国伊那郡遠山郷(今の長野県下伊那郡・飯田市一帯)の百姓らは、幕府に直訴するための訴状の作成を浄林寺住職の「折立長老」に依頼します。ところが、密告により捕われて拷問を受けた長老が元和4年(1618...
義民の史跡

天明山中騒動記念碑(北沢清兵衛と天明山中騒動)

浅間山大噴火の影響が残る天明4年(1784)、信濃国松代藩領の山中地方(今の長野県)の百姓たちが「天明山中騒動」を起こし、大挙して酒屋に押借しつつ松代城下に迫りますが、藩役人と交渉の末に解散を決めました。この一揆では水内郡地京原村(今の長野...
義民の史跡

義人小林孫左衛門之碑(小林孫左衛門と田野口領一揆)

宝暦4年(1754)、奥殿藩の飛び地であった信濃国佐久郡田野口村(今の長野県佐久市)において、年貢減免を求める百姓が陣屋に強訴する「田野口領一揆」が起き、その一部は江戸への出訴を企てました。頭取とみなされた割元・小林孫左衛門が打首となったこ...
義民の史跡

鬼洞先生墓(三日市場村和左衛門と赤蓑騒動)

文政8年(1825)、信濃国四ヶ庄平(今の長野県)の貧農らが赤毛の蓑を着て大町宿などの酒屋や米屋を打ちこわす「赤蓑騒動」が起こりました。この一揆は松本藩により鎮圧され、頭取として三日市場村(今の北安曇郡白馬村)和左衛門らが永牢に処せられてい...
義民の史跡

宗吾大明神(小木曽猪兵衛と南山一揆)

安政6年(1859)、幕府領から白河藩領となり年貢負担が増大した信濃国南山郷では、今田村(今の長野県飯田市)庄屋・小木曽猪兵衛らの指導のもとに百姓が蜂起し、代官の罷免と天領並み相場での石代納を獲得しました。この「南山一揆」は百姓側の犠牲者を...
義民の史跡

貞享義民社(多田加助と貞享騒動)

貞享3年(1686)、信濃国安曇郡中萱村(今の長野県安曇野市)元庄屋・多田加助は年貢減免を求めて郡奉行に越訴しますが、これに追随して領内百姓1万人が松本城下に押し寄せる「貞享騒動」が起こります。松本藩は加助を含む多くの百姓を処刑して事態の収...
義民の史跡

二斗八升神社(原助弥と二斗八騒動)

延宝2年(1674)、信濃国(今の長野県)善光寺平の名主らが合議し、松代藩領の年貢を籾1俵当たり2斗8升に引き下げるよう幕府に直訴し、頭取として水内郡下高田村(今の長野市)助弥らが藩に捕らえられ処刑されました。現地には助弥を祀る「二斗八升神...
義民の史跡

横吹地蔵尊(上新田村藤助と安永中野騒動)

安永6年(1777)、年貢皆済期日の前倒しを命じられた信濃国(今の長野県)中野陣屋支配の村々が蜂起し、近隣諸藩の出兵により鎮圧されました。この「安永中野騒動」の頭取として上新田村(今の飯山市)藤助らが獄門となり、供養のために「横吹地蔵尊」が...
義民の史跡

九兵衛地蔵(西原九兵衛と飯山騒動)

天保8年(1837)、信濃国(今の長野県)飯山藩領の百姓が豪農の屋敷を打ちこわすとともに年貢減免を藩庁に要求する「飯山騒動」が起こりました。飯山藩では多くの百姓を捕らえて拷問により白状を引き出し、「無実之罪」を主張する水内郡浅野村(今の長野...
義民の史跡

与兵衛明神(増田与兵衛の越訴)

天和2年(1682)信濃国小県郡入奈良本村(今の長野県小県郡青木村)百姓・増田与兵衛は、庄屋の不正を上田藩主に直訴して処刑されたと伝わっています。現地には与兵衛を祀る「与兵衛明神」の小祠があります。
義民の史跡

勇吉宮(堀内勇吉の越訴)

文化6年(1809)、信濃国小県郡入奈良本村(今の長野県小県郡青木村)の百姓たちは、宿場の新建て反対と庄屋の非違を訴願するため上田城下に押し寄せ、頭取の堀内勇吉が永牢となりました。勇吉は後に「勇吉宮」に祀られ、今も現地には小祠が鎮座していま...
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新七稲荷(平林新七の越訴)

享保6年(1721)、信濃国小県郡中挾村(今の長野県小県郡青木村)組頭・平林新七は、同村の西上地籍が古くから検地役人が入らないしきたりとなっていることを訴えたものの聞き入れられず、検地を強行しようとした役人を鎌で斬り殺して死罪になったとも、...