宮内清兵衛 宮内清兵衛(みやうち せいべえ)【別名】宮内(くない)さん 江戸時代後期の丹波国桑田郡上久保村(今の京都府南丹市)の人。天保7年(1836)、飢饉のため年貢を五ツ免から二ツ免に引き下げるよう園部陣屋に単身で直訴し、簀巻にされて園部川に投げ捨てられたと伝わる。
宮内清兵衛(みやうち せいべえ)【別名】宮内(くない)さん 江戸時代後期の丹波国桑田郡上久保村(今の京都府南丹市)の人。天保7年(1836)、飢饉のため年貢を五ツ免から二ツ免に引き下げるよう園部陣屋に単身で直訴し、簀巻にされて園部川に投げ捨てられたと伝わる。
義民の史跡 義民宮内之碑(宮内清兵衛の義民伝承) 天保7年(1836)、飢饉の中にあった丹波国桑田郡上久保村(今の京都府南丹市)の宮内清兵衛は、減租を求めて園部陣屋に直訴したものの、簀巻(すまき)にされて川に捨てられ亡くなったといいます。昭和に入ると... 2026.01.14 義民の史跡