木内惣五郎(きうち そうごろう)
【別名】佐倉宗吾、佐倉惣五郎

江戸前期の下総国公津村の名主で、佐倉宗吾ともいう。重税に苦しむ百姓に代わり、承応元年(1652)に佐倉藩の悪政を将軍に直訴して妻子ともども処刑されたと伝わる。後に藩主・堀田正信が改易されたのは惣五郎の祟りとされ、堀田家でも口の明神に惣五郎を祀った。後に『佐倉義民伝』として歌舞伎や講談・浪曲などの文芸のモチーフとして大衆に広まった。


宗吾霊堂

2023年6月5日義民の史跡

承応2年(1652)、下総国印旛郡公津村(今の千葉県佐倉市)の名主であった木内惣五郎は、佐 ...